市場が失敗するのは市場参加者が愚かだからではない。
金融工学は冷戦が終わったあとに、天才的な頭脳が軍事技術開発から金融分野に流出したことで急速に発展した。この人たちが市場を活用し、取引を活発にしていった。このことだけをみても、市場が失敗する理由は参加者の愚かさによるものではない。
市場の失敗の解のひとつは、情報の非対称性である。市場の参加者がなどしくいい情報を持っていれば、適正な価格での取引が成立するが、多くの場合、売り手と買い手の持つ情報のレベルは大きく異なる。この情報が公平でない状態を指して、情報が非対称であるという。特に最先端の金融工学を活用した証券化商品は、一般の投資家(それが銀行などの法人投資家であったとしても)がその商品内容を売り手と同レベルで理解することは極めて難しい。
市場参加者の多くにとってバブル時の高値は、その時点ではそれなりに合理的であった、という見方もできる。
たとえば投資家は、商業ビルに投資をする際にそのビルから得られる家賃や経費を見積もる。その結果得られる収入が、投資価格の何%になるか、その利回りも見積もる。平成元年前後のバブルの頃は不動産投資の世界に『利回り』という文字はなかった。ところが平成10年を過ぎ、外国の投資家が徐々に日本の不動産を買い始めたとき、彼らは利回りの概念を持ち込んだ。これまではその土地その物件が再調達法や取引事例比較法で鑑定評価され、取引されてきたが、そこに収益還元法という方法が導入され、これによって多様な不動産を利回りというひとつのものさしによって評価できるようになった。分かりやすいものさしを得て、不動産に対する恐怖心は徐々に払拭され、取引が活発になった。
この時点では、各市場参加者の判断は正しく、その結果の市場の動きも予想通りである。
ところが取引が活発になり、過去に相場で火傷を負った記憶が薄れてくると高い相場を合理的に説明できているように見える新たな理論が登場してきた。たとえばAクラスビル(東京都心で大企業が入居するような大型のオフィスビル)の投資利回りは、国債の利回りと比較してまだまだ高い、といっている間は、まあ合理性がなかったとはいえないだろう。ところが、これがニューヨークのビルになると米国債よりも低い利回りで取引されていた。こうなると依然として世界経済は成長が見込まれることから、将来的にも商業用不動産の需要増加するため、将来的な成長期待から買われている、というような説明しかできなくなる。これでは世界経済が不況になるとバブル崩壊が生じるのは避けられないだろう。
高い相場でも、値上がり傾向が続けば安心であるといってレバレッジ率を高めることで、家賃配当率を高めることも盛んに行なわれた。年間家賃収入が投資額の5%で金利が2%であれば、銀行から無限に金を借りて不動産に投資すれば、もれなく3%を稼げることになる。しかしそれでは、不動産価格が少しでも下がると銀行に元本を返済することはできなくなるし、家賃収入も数%のブレはつきものなので無理がある。しかし、現実に物件価格の8割を借入でまかなうような投資が実際に行なわれていた。
このような状況で、市場参加者がさらに収益を得ようとして投資を進めると、投資家ひとりひとりの判断は正しくとも、市場はすでにバブルになっている。このようにして、ひとたびバブルが発生すると、それは熱狂といえる状況になり、そして、いつか何かのきっかけで金融の引き締めが行なわれると不動産を購入できる資金も激減し、平成20年9月以降、不動産価格は暴落していったのである。
〔登場者名はすべて仮称〕
(つづく)
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